「病気になる前に防ぐ」リハビリ専門病院の挑戦。医師が語る一次予防と地域医療の未来

熊本県嘉島町にあるリハビリテーション専門、熊本回生会病院。その一角に、フィットネスジムのような機能を持つ「健康運動指導施設-メディフィット回生会」が併設されている。

なぜ病院が、病気になる前の人々を対象とした施設を運営するのか。設立の中心人物である医師と、現場で指導にあたるスタッフに話を伺った。

医療の現場で感じた「一次予防」の必要性

「私が担当する患者さんのほとんどは、脳梗塞や脳出血といった脳血管疾患を患った方々でした」と、設立の経緯を語るのは施設長であり内科医の丸岡徳裕先生。リハビリテーションの現場で多くの患者と向き合う中、その多くが高血圧や脂質異常症、糖尿病といった生活習慣病を抱えていることに気づいたという。

「病気を発症した後の『二次予防』ももちろん重要です。しかし、そもそも病気を起こさないための『一次予防』にもっと力を入れるべきではないかと強く感じました。」 国の医療保険の予算が逼迫し、リハビリ期間にも限りがあるという現実も、その思いを後押しした。

「このままでは一向に病気が減らない。病気になる前の段階から、私たち医療機関が積極的に関わる必要があると考えたのです。」

その具体的な答えが、2015年の病院建て替え時に併設された「健康運動指導施設」だった。医療法に基づいたこの施設は、当時、病院内にフィットネス機能を設ける熊本県で初めての試みであった。 行政との連携が生んだ、地域ぐるみの健康づくり 施設の設立当初、主な対象となったのは、町の特定健診で生活習慣病のリスクを指摘された40歳以上の町民だった。

「町の保健師さんと話す中で、地域住民の方に何かアプローチができないかと考えました。ちょうど町としても、高額な医療費を削減したいという課題を抱えていたのです。」

国民健康保険の医療費の一部は、地方自治体が負担している。特に脳血管疾患や心臓疾患は医療費が高額になりやすく、町の財政を圧迫する一因となっていた。病気を予防したい病院側と、医療費を削減したい行政側の思いが合致し、連携がスタートした。

町から紹介された住民が施設を利用するこの取り組みは、10年近くたった今も続いている。

なぜ「体幹ケア」なのか?

運動が苦手な人でも続く秘訣 この施設が特に力を入れているのが「体幹ケア」だ。スタッフである健康運動指導士の江口さんはその理由をこう語る。

「対象となる方には、『運動が苦手、嫌い』という方が多いんです。原因不明の体調不良(不定愁訴)を抱えている方も少なくありません」。

そこで、いきなり本格的なトレーニングを始めるのではなく、まずはストレッチポール®︎などを使った手軽なケアから導入する。

「『運動は気持ちがいい』というポジティブな体験をしてもらうことを大切にしています。体幹を整えて良い姿勢になってから筋力トレーニングや有酸素運動を行うと、より効率的に効果が出て、運動の継続率も上がるんです。」

トレーニングの効果は、日常生活の中での実感にもつながる。「洗濯物を干すのが楽になった」といった小さな変化が、利用者のモチベーションを支えているという。

丸岡先生自身も、マラソンに参加していた時期に体幹トレーニングの効果を実感していた一人だ。

「体幹を鍛えていると、体のバランスがすごく良くなるのを感じていました。逆にコロナ禍で運動機会が減り、体幹が衰えたことで、バランスが悪くなったり腰痛が出たりと、自分でも不調を自覚しています」と、その重要性を自身の体験からも語った。

保険が切れた後も安心。リハビリを続ける「受け皿」として

この施設は、もう一つ重要な役割を担っている。それは、”保険適用のリハビリ期間が終了した患者の「受け皿」”となることだ。 「例えば、心筋梗塞などを対象とした心臓リハビリテーションの保険適用期間は5ヶ月と限られています」と丸岡先生は指摘する。

治療で血管の詰まりを取り除いても、動脈硬化が進んだ他の血管が残っているため、生活習慣を改善し運動を継続しなければ再発のリスクは消えない。

「保険適用期間が終わった後、運動を続けたくてもその場所がない。そうした方々がリハビリを継続するための場として、この施設が機能しているのです。」

都心部とは異なり、地方では公共交通機関が乏しく、高齢者が自力でフィットネスクラブに通うのは難しい。

この施設では、車の運転ができない人のために送迎サービスも提供しており、誰もが健康づくりに取り組める環境を整えている。これは、要介護認定を受けた人が対象の「介護保険」サービスとは一線を画し、あくまで「積極的な運動を推進する」ことを目的としている。

「国の保険だけでは対応できない部分を、私たちのような施設がカバーしていく時代になったのだと思います」と、丸岡医師はまっすぐな眼差しで語った。

病気になる前の予防から、病気になった後の再発防止まで。地域に根差したこの施設は、これからの日本の健康を支える一つのモデルケースとなるかもしれない。

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