「体幹を鍛える」と聞くと、多くの人は腹筋や背筋、あるいはバランスボールを使ったトレーニングを思い浮かべるでしょう。しかし、「体幹の安定は、実はお口の中から始まっている」と語るのは、あい歯科こども矯正+ファミリークリニックの田中先生です。
なぜ歯科医が姿勢や体幹に注目するのか。そこには、現代人が陥りやすい「口呼吸」と、知られざる「舌」の機能が深く関わっていました。
1. 姿勢を崩す原因は「呼吸の確保」にある
猫背や、あごが前に出た姿勢(フォワードヘッドポスチャー)に悩む人は多いですが、田中先生は「それは呼吸を確保するための代償姿勢かもしれない」と指摘します。
「舌は『舌骨(ぜっこつ)』という骨に付いていますが、この骨が筋肉のバランスで下に引っぱられてしまうと、気道が狭くなります。人間は呼吸をしないと生きていけませんから、狭くなった気道を広げるために、無意識にあごを上げたり、背中を丸めたりしてバランスを取ろうとするのです。
赤く塗られた骨が舌骨
つまり、いくら外側から姿勢を正そうとしても、「お口の機能」という根本的な問題が解決しなければ、体はすぐに元の楽な(呼吸しやすい)悪い姿勢に戻ってしまうのです。
2. 「舌が前に出る」だけで柔軟性が変わる?
田中先生のクリニックでは、口腔内装置を使って舌の位置を調整するだけで、驚くべき変化が見られるといいます。
「あるお子さんに装置を入れ、舌がしっかりと前に出る状態を作ったところ、前屈の柔軟性が劇的に向上し、骨盤の角度も適切な位置に改善されました。柔軟体操をしたわけではなく、舌の位置が変わることで頚椎のカーブが整い、連動して全身の動きが変わったのです」
舌は、喉の奥にある「咽頭収縮筋」などの筋肉の連動を通じて、頚椎や胸郭(きょうかく)の動きにまで影響を及ぼします。舌が正しい位置にあることは、体幹を機能させるためのスイッチとも言えるでしょう。
3. 「硬いものを食べればあごが育つ」の落とし穴
現代の子どもたちのあごが小さくなっている原因として、よく「柔らかいものばかり食べているから」と言われます。しかし、田中先生の視点は少し異なります。
「実は、インナーマッスル(深層筋)が育っていない時期に無理に硬いものを食べさせると、あごを真っ直ぐ上下に動かすだけの『チョッパー咀嚼』になりがちです。本来必要なのは、あごを左右にスライドさせてすりつぶす動き。これが頚椎に回転の刺激を与え、体幹の安定に必要な筋肉を育てます」。
先生が推奨するのは、意外にも「柔らかい食事を、一口少なく、良い姿勢で食べる」という習慣です。咀嚼能力を上回る食べ物を無理に飲み込む(丸呑みする)ことが、結果として気道を狭め、姿勢を壊す原因になるからです。
4. 歯科と体幹トレーニングの融合へ
「お口の問題」と「体幹の問題」は、上から(口腔)と下から(発達段階)の両面でつながっています。噛み合わせや口呼吸の問題が姿勢の悪化につながることもあれば、逆に姿勢の発達が未熟なことで、口のトラブルにつながることもあります。
そのため、田中先生のクリニックでは歯科治療だけでなく、JCCA(日本コアコンディショニング協会)のベーシックセブンやキッズコアコンなどの体幹ケアも取り入れています。
「口腔の成長は、その人の一生を左右する可能性があります。歯科の立場から、姿勢や体幹を含めたトータルなアプローチをすることで、口呼吸の問題を解決していきたいです。」
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【取材協力】 田中 宏尚先生
あい歯科こども矯正+ファミリークリニック 院長。歯科医師の視点から、口腔機能と全身の姿勢・体幹の繋がりを研究し、子どもから大人まで幅広い層への啓発活動を行っている。